『日本三大狸伝説』のストーリー:分福茶釜・八百八狸物語(隠神刑部)・狸囃子のお話

『日本三大狸伝説』のストーリー:分福茶釜・八百八狸物語(隠神刑部)・狸囃子のお話 ミステリー
『日本三大狸伝説』のストーリー:分福茶釜・八百八狸物語(隠神刑部)・狸囃子のお話
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日本三大狸伝説と言われている『分福茶釜』『八百八狸物語(隠神刑部)』『狸囃子』の話を紹介します。

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日本三大狸伝説

分福茶釜のストーリー

「分福茶釜」は、日本の民話で、タヌキ(あるいはキツネ)が化けた茶釜のお話です。ある寺の和尚が手放した茶釜(狸の化身で、頭・足・尻尾が生える)が、綱渡りなどの芸をし、これを見世物商売に屑屋が財を築き、茶釜を元の寺(茂林寺)に返還します。茂林寺は群馬県館林市に実在する寺で、現在も文福茶釜を所蔵しています。

茂林寺は群馬県館林市に実在する寺で、現在も文福茶釜を所蔵しています。ただし寺の縁起は、狸の化けた釜とはせず、古狸(貉)の老僧守鶴愛用の「福を分ける」分福茶釜であるとしています。千人の僧が集まる法会で茶をたてたが、一昼夜汲み続けても釜の湯はなくならなかったと記されています。

 

かつて上野国館林の深い森の中にある茂林寺に、一人の和尚が暮らしていました。彼は心から茶の湯を愛し、その情熱は一つの奇妙な茶釜へと向けられていました。この茶釜はただの茶釜ではなく、一匹の狸が化けた姿だったのです。それは、奇妙な足、頭、尻尾を持つ、常に湯が絶えない神秘の茶釜、「分福茶釜」でした。

昼下がり、和尚が昼寝をしている間に、この茶釜は不思議な変身を遂げ、その本来の姿を現しました。小坊主たちはその光景を見て驚きましたが、和尚は彼らの言葉を子供の戯言と切り捨てました。しかし、和尚が湯を沸かそうと茶釜を火にかけた瞬間、茶釜は足を現し、その神秘が露わになりました。

和尚は不気味な茶釜を寺から追い出すため、出入りの屑屋に売り渡しました。しかし、その夜、茶釜は再び狸の姿に変わり、「分福茶釜」であると名乗り出ました。分福茶釜は屑屋に対して自分を丁寧に扱うことを要求し、その見返りに人々を楽しませるための芸を披露することを約束しました。

屑屋は見世物小屋を開き、茶釜の狸が約束通り綱渡り芸を披露しました。その舞台は観客を魅了し、見世物小屋は熱狂の渦に巻き込まれました。成功を収めた屑屋は、その結果得た莫大な利益を享受しました。

成功を手にした屑屋は、得た富の半分を寺へ布施し、分福茶釜を元の場所、茂林寺へと返しました。そして、再び茶釜は分福の恵みを人々に注ぎ始めました。茂林寺は千人の僧を集めて法会を開き、一昼夜湯を注ぎ続けても茶釜の湯は尽きることがなかったと伝えられています。

それからというもの、分福茶釜は茂林寺の宝となりました。

 

八百八狸物語 – 隠神刑部のストーリー

日本の古代、天智天皇が即位した時代。四国の地に、特別な存在がいました。その名は隠神刑部、八百八匹の狸たちを束ねる頭領で、彼らは松山の森を守る守護者でした。隠神刑部の力は広く知られ、四国最高の神通力を有する者とまで称されていました。狸たちは増え続け、その数はついに八百八匹に達した。その名の下に、彼らは「八百八狸」と呼ばれました。

 

刑部の称号は、松山城の城主から賜ったもの。その称号は、城の家臣たちに信仰され、地域の人々との深いつながりを築きました。しかし、その平和は久しくは続きませんでした。松平(久松)隠岐守の治世の頃、城内では深刻な騒動が起きていました。

お家騒動が発生し、それが隠神刑部の元へと届きます。その騒動の中で、隠神刑部は不本意ながらも謀反側に利用され、狸たちは隠神刑部の命令により、松山城に怪異を起こすようになります。

しかしその混乱も長くは続きませんでした。稲生武太夫、その名で知られる藩士が立ち上がりました。彼は宇佐八幡大菩薩から授かった神杖を持ち、その力で隠神刑部を討ち、ついには808匹の狸たちもろとも久万山に封じ込めました。

その後、隠神刑部と狸たちは久万山の奥深くに封じられ、その姿を人々の前から消しました。彼らの存在は山口霊神として今も松山市久谷中組に残されています。

 

狸囃子のストーリー

昔々、鈴森と名付けられた一角に、證誠寺という名の静かな寺院があった。その地名の由来とも言える竹の森が、鈴のような静寂を纏い、広がっていた。しかし、夜が訪れると、その静けさは一転した。噂では、一つ目小僧やろくろ首などの怪異が森を徘徊し、人々を怖がらせていたのだ。

そんな場所に、一人の新しい和尚が来た日、寺の周囲は変わり果ててしまった。夜になると一つ目小僧やろくろ首が現れるのだが、驚くべきことに、新しく着任した和尚は彼らを見ても驚きもしなかった。彼の底知れぬ平静さに、森を支配する狸たちは頭を抱えることになった。

狸たちのリーダーである大狸は、新しい和尚を驚かせるために、ある秋の晩に計画を実行に移した。大狸が腹を叩き、周りの狸たちが合わせて音を出すと、寺院の庭はまるで夜のお祭りのような雰囲気に包まれた。

和尚はその音を聞き、不思議に思いながら庭を覗き見ると、何十匹もの狸たちが楽しそうに踊り歌っている光景が広がっていた。その風景に魅了された和尚は、自らも三味線を手に庭へと駆け出た。和尚の演奏に合わせて狸たちは一層盛り上がり、まるで音楽合戦のような光景が繰り広げられた。

しかし、その喜びも束の間、四日目の夜、狸たちが姿を現さなかった。和尚は不思議に思いながらも一夜を明かし、翌朝、庭に出てみると、大狸が腹を破って倒れていた。それはまるで、夜の舞踏会に疲れ果てたかのように見えた。

その光景を見た和尚は、心から大狸を悼み、敬意を表して弔った。それ以降、和尚と狸たちは共に森を守る存在となり、その物語は今でも證誠寺の伝説として語り継がれている。

 

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