第二次世界大戦で特攻に使われた兵器一覧【14種類】

第二次世界大戦で特攻に使われた兵器一覧【14種類】 ミステリー
第二次世界大戦で特攻に使われた兵器一覧【14種類】
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第二次世界大戦・太平洋戦争で使用された特攻兵器を一覧で紹介します。

特攻兵器は、自身の命を犠牲にする特攻を目的として開発、または既存の兵器を改装した兵器のことを指します。

日本の陸海軍は、太平洋戦争末期に戦局が劣勢となったため、戦局を打開する目的で、体当たり攻撃や自爆攻撃を行う特攻兵器を開発しました。これらの兵器は水中や空中で使用されました。

特別攻撃隊は、体当たり攻撃を行うために編成され、”神風特攻隊”などと呼ばれました。航空特攻は、飛行機に爆弾を装着して体当たり攻撃を行うもので、海上特攻は、特殊潜航艇や人間魚雷などを使用して行われました。これらの特攻兵器は、自身の命を犠牲にすることを前提とした戦術であり、戦争の悲惨さを象徴する存在となっています。

ここでは特攻に使われた様々な兵器(機体)を紹介していきます。

 

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第二次世界大戦で特攻に使われた兵器一覧

回天


wikimedia

回天(かいてん)は、太平洋戦争で大日本帝国海軍が開発した人間魚雷であり、日本軍初の特攻兵器である。

「回天」という名称は、特攻部長大森仙太郎少将が幕末期の軍艦「回天丸」から取って命名した。開発に携わった黒木博司中尉は「天を回らし戦局を逆転させる(天業を既倒に挽回する)」という意味で「回天」という言葉を使っていた。秘密保持のため付けられた〇六(マルロク)、㊅金物(マルロクかなもの)、的(てき)との別称もある。出典:Wikipedia

海龍

海龍(かいりゅう、海竜)は、大日本帝国海軍の特殊潜航艇の一種で、敵艦に対して魚雷若しくは体当りにより攻撃を行う二人乗りの有翼特殊潜航艇・水中特攻兵器である。終戦により、本土決戦が回避されたため実戦に投入されることはなかったが、海龍が攻撃された例はある。出典:Wikipedia

梅花

梅花(ばいか)は大日本帝国海軍が太平洋戦争中に計画した特殊攻撃機である。特攻兵器として1945年(昭和20年)7月より開発を開始したが、設計途中で終戦となった。出典:Wikipedia

神龍

大日本帝国海軍が太平洋戦争中に試作した特別攻撃機。直線を多用した木製のグライダー型飛行機。

実戦投入前に終戦の日をむかえたため、特に戦果はない。8月15日の終戦までに製造されたのは試作機4機で、終戦後の8月20日に完成した5号機を含めても計5機のみだった。出典:Wikipedia

伏竜

伏龍(ふくりゅう)は、第二次世界大戦(太平洋戦争(大東亜戦争))末期の大日本帝国海軍による特攻兵器のひとつ。「人間機雷」とも呼ばれる。潜水具を着用した兵士が浅い海底に立って待ち構え、棒付き機雷を敵の上陸用舟艇に接触させ爆破するという特攻戦法のこと。

潜水具を着用し棒付き機雷を手にした兵士により、本土決戦における水際撃滅を狙った特攻兵器として、1944年に開発された。途中で終戦をむかえたため、伏龍が実戦に投入されることはなかった。出典:Wikipedia

 

震洋一型艇

震洋(しんよう)は、第二次世界大戦の日本海軍の特攻兵器。秘秘匿名称は特攻兵器として四番目であるため「㊃金物」(マルヨンかなもの)、㊃艇(マルヨンてい)。小型のベニヤ板製モーターボートの船内艇首部に約250kgの炸薬を搭載し、搭乗員が乗り込んで操縦、目標艦艇に体当たり攻撃を敢行する。出典:Wikipedia

四式肉薄攻撃艇

四式肉薄攻撃艇(よんしきにくはくこうげきてい)は、第二次世界大戦時に大日本帝国陸軍が開発・実戦投入した小型肉薄攻撃艇。略称はマルニ(〇の中に「ニ」か「に」と表記)、秘匿呼称は連絡艇(れんらくてい)。また、〇の中に「レ」か「れ」を書いたマルレ、マルレ艇の通称で広く知られる。マルレは主に海上挺進戦隊に配備された。 1944年(昭和19年)8月12日、大本営陸軍部と海軍部は、陸軍特攻艇「マルレ」と海軍特攻艇「震洋」を統合運用することが有効と認め、両者を「マル八」と呼称することに決定した。出典:Wikipedia

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